11/08/24 Twitter

いま僕が描いているようなタイプの絵を描きはじめてから9年くらいたつけど, 最初の4年間くらいは 絵柄という概念がなかったな。絵って,実在しない空想上の物体の構造を説明するための技術だと思ってたから,同じものを描いても 描く人によって違う絵ができる…という発想が,昔はなかった。

絵描きが,絵とは一体なんなのかってのを突き詰めすぎると,最終的に抽象画を描くようになってしまうだろう。絵描く人が絵とは何かを考えすぎて誰も得しない方向に行ってしまう例はよく見られるので,それは避けたいと思ってる。

抽象画でも面白いのは やっぱりキャッチーなやつなんだよ。どこかで人目を意識しないと 見てもらうための絵としては成立しなくなる。

 

思うに 絵には「媚び度」ってものがあるんだよね。それはつまりキャッチーさってことだけど,最も媚び度の高いジャンルはグロで ,その次がエロ。グロ絵やエロ絵を見て感情を揺さぶられない者はいない。なぜなら生存本能と繁殖本能は人間の根源的な欲求だからだ。

媚び度の高い絵のモチーフには,物質的な実物が存在する。だから必ずしも絵という表現手法によってのみ成立する概念ではない。媚び度が低い絵というのは,絵でしか表現できないもの… たとえば言葉にできない漠然とした感情を表現するなどというもので,それは抽象画でしか表現不可能だ。

媚び度が高いほど誰でも理解でき,低いほど難解な絵になる。媚び度低い絵の行きつく先は 自分にしか理解できない絵なのだろうな。

 

あと,忘れてはならないのは,媚び度高い絵のほうが 作るために技巧的な要素が必要になる。つまり,絵を描くために,何かしら反復練習をしておく必要ということ。

 

http://twilog.org/scrama_sax/date-110824

11/09/25 Twitter

カラオケが必須技能の時代にうまれなくてよかった。

先輩のつきあいのカラオケで後輩がカラオケ嫌いになるように,先輩のつきあいのゴルフで後輩がゴルフ嫌いになるように,先輩のつきあいのゲームで後輩がゲーム嫌いになる時代は近いな…

ある文化がコミュニケーション手段になると,世代間のズレで望まぬ付き合いが発生し,下の世代でオワコン化する。ゲームは確実にオワコンに向かってる。

おたくの人はそのことを本能でわかってて,だからこそソーシャルゲームとか,山ガールとか,コミケ参加者のリア充化とか,そういった 自分のテリトリーがコミュニケーションの場へと変化すること…文化のファッション化に,忌避感を抱くのだと思う。

文化が成熟しきって,最後に行き着くところがコミュニケーション手段化ってことかもしれない。

物語・音楽・絵画の観賞あるいはそれらの創作なんかはすげー昔から趣味としてあるけど,成熟しきることのない単純かついくらでも広がるものだから,安易なコミュニケーション手段にもならない。

 

http://twilog.org/scrama_sax/date-110925

11/05/26 Twitter

絵描きが自分の絵を卑下することはよくないと思うが,その理由を「言い訳をすると技術が伸びないから」とすることには疑問がある。

 僕も自分の絵を自分で褒めまくって伸びるタイプなんでピンと来ないんだが, 聞いた話によると,世の中には自分の絵が好きだ上手いと思うと技術が伸びるタイプの絵描きと,自分の絵を嫌いだ下手だと思うと技術が伸びるタイプの絵描きがあるらしい。

それが本当だと仮定すると 後者の絵描きは自分の絵を卑下すればするほど技術が伸びる ということになってしまう。

 

絵描きには2つある。1つは求道者的絵描き,もう1つはエンターテイナー的絵描きだ。求道者的絵描きは絶対的な絵の上達を追求するタイプ。エンターテイナー的絵描きは絵描きとしての人気を追求するタイプである。

絵描きが絵を公に発表するというのはどういうことかというと,もちろん人に絵を見てもらうためである。なぜ絵を見てもらうかと言えば 求道者的絵描きにとっては「自分の絵のレベルを客観的に知るため」 ,エンターテイナー的絵描きにとっては「他者に自分の絵の価値を認めてもうらうため」だ。


以上を踏まえて 自分の絵を卑下するとはどういうことか。

あなたが求道者的絵描きであれば 自分の絵を卑下する態度は,他者からの客観的評価の精度を狂わせる要素となる。あなたがエンターテイナー的絵描きであれば 自分の絵を卑下する態度は あなたの絵の価値を下げる要素となる。つまりどちらのタイプの絵描きであっても,自分の絵を卑下することは得策ではないということがわかる。

ではなぜ自分の絵を卑下するのかと言えば,自分の絵を卑下する行為には「絵以外の部分で評価を得る目的」があるからである。つまりそれは,絵は下手だけど私を嫌いにならないでね,だとか,絵はゴミだけど頑張った私を評価してね,ということであり,人に絵を見せていながら 絵そのものを見てもらうことが目的ではなく 「自分を見てもらうこと」が目的なので,そういった者は絵描きとは言えない。

人に絵を見せる気がない者は,絵描きとは言えない。

 

自分の絵を卑下するということは 自分自身の絵描き性を捨てており,そういった人は絵描きではないので,あの人は絵描きなのに自分の絵を卑下するなんて… などと思う必要は全くない。

なぜなら そのような人は,絵描きではないからです。

 

http://twilog.org/scrama_sax/date-110526